住宅売買契約と交渉預り金

1. 住宅売買契約における申込証拠金と交渉預り金

建売分譲住宅の現地販売会に赴いたお客様が物件を見て気に入ったものの、未だ購入申込みをするか否かを決めかねている場合に、後日の申込みの段階では売り切れてしまうこともあるので、一定期間、物件を押さえておくという趣旨で申込証拠金や、交渉預り金の名目でお客様が分譲業者に金銭(例えば10万円)を預けることがあります。

その後に売買契約の締結に至った場合には問題はありませんが、そのお客様が検討した結果、購入しないと返事をした場合に、分譲業者は、10万円は手付金の趣旨を含んでいるから返還できないと主張し、お客様は、手付を交付した覚えはないので返還すべきだとして、紛争が生じることがあります。

申込証拠金あるいは交渉預り金とはどのような法的性格の金銭であるかを確認しておく必要があります。

2. 申込証拠金に対する昭和48年当時の建設省計画局不動産業室長通達

申込証拠金や交渉預り金は、造成宅地分譲や建売住宅あるいはマンション分譲などの際に授受されることのある金銭で、不動産業界において用いられている言葉ですが、法律に定められたものではありません。申込証拠金は他に「売り止め金」といわれることもあり、そのお客様のために一定期間は他のお客様に売らずに確保しておくという趣旨が含まれていることが多いようです。一定期間その物件を確保しておく以上、冷やかし客を排除して真摯に購入を検討しているお客様を選別するという趣旨から、一定の金銭を預かるという実務が形成されてきたものと思われます。

しかし、申込証拠金や交渉預り金は、いわゆる「手付金」には該当しません。手付は契約が成立していることを前提とするものですので、物件の売買契約が未成立の段階で交付される金銭は手付の効力は有しないとみるべきだと思われます。

申込証拠金については、過去に、契約不成立となった場合に申込証拠金の返還の要否について多くの紛争を生じたことから、昭和48年2月26日に建設省計画局不動産業室長通達が発令されています。

「土地又は建物の取引における契約申込証拠金について」

(昭和48.2.26建設省計宅業発第16号の1建設省計画局不動産業室長通達)
最近、業者が宅地又は建物の売買において、契約が成立しないとき申込証拠金を顧客に返還しない旨を表示する事例が見受けられ、その額も甚だしいものは10万円に達している。しかし、申込証拠金の額が申込みの事務処理に通常必要とされる費用の額を大幅に上回って授受される場合は、宅地建物取引に関する著しく不当な行為にあたるものと思われるので、参考までに通知する。

この通達で重要な点は、「申込証拠金の額が申込みの事務処理に通常必要とされる費用の額を大幅に上回って授受される場合」は、「宅地建物取引に関する著しく不当な行為にあたる」としている点です。

「宅地建物取引に関する著しく不当な行為」に該当すると、宅地建物取引業法65条の規定等に従い、業務停止処分等を受ける可能性があり得ますので、このことに留意する必要があります。

3. 交渉預り金

交渉預り金について、その授受の目的は、お客様が他の買受希望者に優先して売買契約の交渉ができることを約束するもの、つまり、「順位の確保」です。お客様が真摯に購入を検討していることを示すものですが、お客様が当該物件の購入を断念した場合には速やかに返還されるべきものと、一般的には解釈されることが多いといえます。
弁護士
江口 正夫