代金支払いと登記・引渡し

1. 同時履行の抗弁権

土地付建物の売買契約を締結し、契約の履行をする時点で、売主が土地建物は買主に引き渡したものの、所有権の移転登記をしてくれないという場合もあり得ます。このとき売主は、買主に対し、土地建物の所有権移転登記は未了ではあるが、既に土地建物は引き渡しており、買主は土地建物を使用しているのだから残代金を支払えと請求した場合に、買主は代金の支払いを拒めるかということが問題となります。

このような場合に機能するのが「同時履行の抗弁権」です。民法では、売買契約などのように契約当事者の双方が互いに相手方に対して義務を負う契約(これを「双務契約」といいます)の場合に、「双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。」(改正民法533条)と定めています。

売買契約の場合は、売主は買主に対して売買目的物の引渡し・所有権移転登記義務を負っており、買主は売主に対して目的物の代金支払い義務を負っていますので、売買契約は双務契約です。したがって買主は、契約の相手方である売主が「その債務の履行を提供するまで」は自己の債務(すなわち「代金支払債務」)の履行を拒むことができることになります。相手方である売主の債務の内容は、目的物の引渡義務のみではなく、所有権移転登記義務も含まれますから、買主は売主が目的物を引き渡したとしても、所有権移転登記の提供がなされていない限り、代金の支払いを拒むことができます。

2. 同時履行の抗弁権と相手方の債務の弁済期

同時履行の抗弁権は、双務契約でありさえすれば、何時でも行使できるのかというと、そうではありません。上記のように改正民法533条ただし書では「ただし相手方の債務が弁済期にないときは、この限りではない。」と定めています。

不動産売買契約において、売主が売買目的物の所有権移転登記の履行を提供していないにもかかわらず、買主が同時履行の抗弁権を主張することができず、移転登記を受けないまま、売買代金の支払いが義務付けられる場合があります。これが「相手方の債務が弁済期にないとき」です。例えば、売買契約書において、買主の代金支払期日は令和2年6月1日、売主の所有権移転登記期日は令和2年6月30日と定めたような場合です。この場合には令和2年6月1日が到来すれば買主は代金を支払わなければならないのに対し、売主は同月の月末までは所有権移転登記をしなくとも構わないことになります。このように、相手方の債務が履行期が到来していない場合には、もともと、その時点では相手方に債務の履行を請求できないのですから、同時履行の抗弁権を主張することができません。

このように相手方の債務(所有権移転登記義務)が弁済期が到来していないのに、自己の債務(代金支払義務)のみが弁済期が到来するような場合には、買主の代金支払債務は「先履行」と呼ばれます。売買契約書に「先履行」が定められていると先履行義務者にはリスクが発生しますので、契約書をチェックする際には、この点に注意する必要があります。

弁護士
江口 正夫