1. ローン条項の意義
住宅用の土地建物売買契約においては、売買代金を自己資金ですべて賄うことは稀であり、買主の多くは金融機関との間でローン契約を締結して売買代金の決済をしています。しかし、売買契約締結後に、予定していたローンが実行されないことになると、買主は代金支払債務を履行できないため、売主から債務不履行を理由に売買契約を解除された上に、売買契約に定められた違約金(一般的には売買代金の20%相当額)を支払わされることになり、買主にとっては過酷な事態を招くことになります。また、このような事態が頻発するとなると、住宅用の土地建物売買取引に萎縮効果をもたらすことにもなりかねません。
そこで、万一、予定したローンが実行されない場合には売買契約をノーペナルティで解消できるようにするため、あらかじめ売買契約書に融資が受けられないことが確定した場合は契約を解約できるものとする旨を特約したものが、いわゆるローン条項といわれるものです。
2. ローン条項に関する建設省(当時)の通達
土地または建物の売買において、代金の支払について金融機関のローンを利用することを条件として契約を締結する場合は、少なくとも次に掲げる事項を重要事項説明書及び法(宅地建物取引業法)37条の書面に明記すること。
- 金融機関との金銭消費貸借に関する保証委託が成立しないとき、または金融機関の融資が認められないときは、売主または買主は売買契約を解除することができること。
- 売買契約を解除したときは、売主は手付または代金の一部として受領した金銭を無利息で買主に返還すること。
3. ローン条項の類型
(1) 解除条件型ローン条項
(2) 解除権留保型ローン条項
(3) 2類型のローン条項のメリット・デメリット
「解除条件型ローン条項」は、買主が契約解除の意思表示をしなくても売買代金の支払いを免れることができるという面では、意思表示をうっかり忘れたという場合でも安心ですし、速やかに法律関係を確定できるメリットがあります。しかし、買主が別のローン先を見つけたとしても、法的には売買契約の効力は既に消滅しているため、売主との間で新たに売買契約を締結し直さなければならなくなります。
他方、「解除権留保型ローン条項」は、買主が解除権を行使しない限り契約は存続しますので、新たなローン先を探すことができますが、約定の期限までに解除しなければ損害賠償責任を問われるリスクがあります。これらの利害得失を踏まえて、ローン条項を選択することが必要です。
4. ローン条項とローン不成立の原因
ローン条項を適用する際に問題となる1つ目は、ローン条項を適用する際に、ローンの不成立の原因は問われることはないのかということです。
例えば、買主が売買契約を締結したものの、その後に購入意思を失い、契約を解消したいが手付金を没収されてしまうことを懸念して、ローン条項が定められているのを幸いに、金融機関に対する手続を遅滞させたり、収入その他の返済能力に関する事項についての虚偽の申告等をしたことによりローンが不成立となった場合でも、ローンが不成立である以上、買主は売買契約を解除することができるのかという問題です。これについても、ローン条項には、ローン不成立の原因を問う形式のものと、原因について何も規定していないものの2つの定め方があります。
(1) ローン条項の2つの形式
ローン不成立の原因を規定するローン条項
「万一、買主の責に帰すことのできない事由により、○月○日までにX銀行A支店の融資が不成立の場合、買主は本契約を解除することができる(あるいは、「本契約は当然に効力を失う」。)」
ローン不成立の原因に言及しないローン条項
「○月○日までにX銀行A支店の融資が不成立の場合、買主は本契約を解除することができる(あるいは、「本契約は当然に効力を失う」。)」
(2) 買主の努力義務
ローンの一部不成立とローン条項適用の可否
ローン条項を適用するにあたり、問題となる2つ目は、ローンは実行されるが、希望金額全額ではないというローンの一部不成立の場合です。例えば1,100万円のローンを申し込んでいたが、金融機関の決定は900万円であったという場合に、それでも買主は売買契約を解除(ないしは当然失効を主張)できるかという問題です。しかし、このような場合でも、買主が売買代金を決済できないことに変わりはないのですから、ローン条項が適用されると一般には解されています。問題は、一部不成立の金額が僅少な場合です。例えば1,100万円のローンを申し込んでいたところ、金融機関からは1,050万円の融資決定がなされたというような場合です。ローン条項において、不足額が極めて僅少な場合であっても、ローン条項に基づく契約の解除は許されるのかという問題です。
これについては、住宅ローンの趣旨を考慮する必要があります。買主は自己資金では決済できないからこそ、住宅ローンを申し込むのですから、僅少とはいえ、ローンが一部不成立の場合には、売買代金の決済ができないか、そうでないとしてもその後の返済計画に狂いが生じ、破綻をきたすこともないとはいえません。
したがって、原則的には、ローンの一部不成立の場合には、その不足金額の多寡にかかわらず、買主はローン条項の適用を主張できると解されています。かかる趣旨からすると、逆に、不足額が極めて僅少で、かつ、買主の収入や資産状態等の諸事情を総合的に判断して契約を解除までする必要がないと判断されるような場合には、例外的に、権利の濫用として、ローン条項の主張が制限されることもあり得ます。
江口 正夫