住宅売買契約における手付解除と「履行の着手」

1. 住宅売買契約における手付の仕組み

住宅用土地付建物売買契約を締結する際には、手付金を交付することが広く行われています。「手付」とは、売買契約締結の際に当事者の一方から他方に対して交付される金銭その他の有価物をいいます。売買契約の買主から売主に対し交付されるのが一般的です。手付には、3種類のものがあるといわれています。

手付の種類

(1) 証約手付

売買契約を締結したことを証明する趣旨で交付される手付

(2) 解約手付

手付金を放棄しあるいは倍返しすることにより、手付金相当額を相手方に支払うことで契約の解除権を確保する趣旨で交付される手付

(3) 違約手付

当事者の一方が債務不履行をした場合に相手方に徴収される趣旨で交付される手付

住宅用土地付建物売買契約を締結する際に交付される手付は、ほとんどが解約手付です。民法は3種類の手付のうち、特に解約手付について規定しています。改正前民法557条では、解約手付が交付された場合には、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主は手付を放棄し、売主はその倍額を償還して契約の解除をすることができると定められていました。ただし、判例においては、「当事者の一方が履行に着手するまで」との要件は、「相手方が履行に着手するまで」と読み替えられていますので(最判昭和40年11月24日)、当事者は自分が履行に着手すれば、その時点で相手方は契約の手付解除ができなくなり、相手方が履行に着手しない限り自分は手付解除の権利を失わないというのが手付の仕組みとなります。
改正民法557条は、この判例理論を明文化し、相手方が契約の履行に着手した後は、手付による解除ができない旨を定めています。

2. 手付における「履行の着手」

手付による解除は、「相手方が履行に着手」したときには認められなくなります。「契約の履行に着手する」とは、単なる履行の準備行為を行うだけではなく、「契約によって負担した債務の履行行為の一部を行い、それが外部から見てわかるものでなければならない」と解されています。

では、「買主による契約の履行」とは何でしょうか。最も明確なのは、買主が売買代金の支払いをすることです。したがって、不動産売買契約において、買主が手付金のほかに、「内金」「中間金」を支払えば買主は契約の履行に着手したことになり(「履行の着手(1)」)、それ以降は、売主は手付による解除ができなくなります。

買主による 「履行の着手」

  1. 代金の支払い⇒内金・中間金の支払い
  2. 売買代金の準備と売主への履行の催告

逆に、売主の側が、引渡し・移転登記の準備を完了して司法書士事務所での移転登記手続きを行う旨の通知をしてきたときには、売主側が履行に着手したものとして、それ以降は買主は手付による解除はできなくなります。
また、買主が、売主からの引渡し・移転登記と引換えに支払えるように売買代金を準備して、売主にその旨を通知し、売主の履行を促した場合には、買主による契約の「履行の着手(2)」があったものとして、それ以降は、売主は手付による解除ができなくなると解されています。このためには、売主に履行を促したことを後日に明確にできるよう、売主への通知は配達証明付内容証明郵便で行うことが望ましいとされています。
さらに、買主は、売主が契約の履行(売買対象不動産の移転登記手続き等)に着手していない限り、手付による解除が認められます。

弁護士
江口 正夫